SNSにおける匿名性 -anonym-【round-9】

 皆さんはSNSを利用していますか?

 現在ではTwitter、mixi、LINE、Facebook、Instagram、など、様々なSNSがあると思います。その普及はプライベートに限定せず、社内SNSや企業SNSにまで及んでおり、生活を行う上で利用しない日は少ないように感じます。

 現実での人間関係がネットにも拡大し、落ち着けない。息苦しい。ストレスを感じている。

 今回の”【round-9】SNSにおける匿名性”は、そんなSNSに関する話です。どうぞ。

SNSとは?

 一般的にSNS(Social Networking Service :ソーシャルネットワーキングサービス)とは、インターネット上で人と人の繋がりや交流を楽しむコミュニティ型の会員制サービスである。

 1990年代後半からインターネットが家庭にも普及し始め、パソコンのソフトには企業や団体などのホームページであるWebページを閲覧できるソフトが標準搭載された。また、個人の日記などを公開するブログの出現によりインターネットの利用は一気に広がりをみせた。現在、インターネットの利用率は 13歳から59歳で9割を超え、幅広い世代で利用されており、年代別利用率では10代から20 代 が上位を占めている。中でもSNSの利用はめざましく上昇している。

~SNSの主な機能的な特徴~

  1. 限られた範囲のシステム内において、 公開または一部公開のプロフィールを作ること。
  2. 関係を共有する他のユーザーのリストを明確にすること。
  3. システム内の他者によって作られた関係リストを閲覧または横断することを可能にさせる web サイトであること。
インターネットの普及、正の側面、負の側面

 インターネットを利用したコミュニケーションを行う要因として,インターネットは対面ではないため、初対面でも比較的落ち着いて対応ができるので、抑うつ傾向や精神面での不健康さがあっても自己開示を高めることができると考えられる。

  また、インターネットで自己開示を行う人は実生活でのネガティブな感情をインターネット上で発散させるため、対面でのコミュニケーションを多くとる人に比べて情緒安定傾向にあるとし、インターネット利用による自己開示の有用性がある。

~インターネットがもつ5つの魅力~

  1. 匿名の別人格になれる。
  2. 全知全能的な自分を感じられる。
  3. 自分の気持ちを純粋に相手に伝えられる。
  4. 匿名性により特定の人と親密な一体感が持てる。
  5. 特定な人と一体感を持ってもそこには義務や責任が伴わないため、嫌になったらいつでもやめられる。

  一方で、インターネットを一日5時間以上利用する人は、5時間未満の利用者より対人恐怖が高く、誠実性、調和性が低いことが示されているという。インターネット利用によるネガティブな側面として、投稿に対する批判・攻撃による「炎上」や不特定多数の人へ情報がばらまかれてしまう意図しない「拡散」、また、個人情報流出という危険性もはらんでいる。インターネットによるバーチャルな世界でのハンドルネームや文字によるやり取りは、日常とは違った精神状態になるため、その扱い方に警鐘がならされている。日本を含めた先進国では、人間関係が年々希薄になる傾向があり、同じ職場で隣に座る同僚にさえメールで連絡を入れることが日常的に行われ、ネット依存を作る要因の一つになっている。

 このように、インターネットの適度な利用は精神的な健康状態を維持させる有益な側面がある一方で、利用時間の増加や使用方法の偏りにより、インターネットに過度にのめり込んでしまうと、精神的な健康状態は損なわれてしまう危険性がある。

 SNSには自己開示アイデンティティの概念が深く関係している。現代において自己開示は、対面による対人場面だけではなく,インターネットを利用しても行われている。

 インターネットは匿名性により不安が低減され、リラックスして相互的交流が行える可能性がある。 例えば、Web日記では、他者に対して自己がうまく表現され、自分の内面が読者に理解されているという満足感が得られることで書き続けられるという読者とのコミュニケーションを意識した自己開示の行動であると考えられる。

 対人不安の高い人は、対面時では自己表現が抑制されるが、匿名性の高いインターネットは安心して新しい自己を表現する場として活用し、また、他者との相互性によりその利用は支えられていると考えられる。

 そして、インターネットは匿名性などの理由から自己開示しやすいが、インターネット自己開示満足感と孤独感の関係では、インターネットを利用することで孤独感が低減されるのではなく、孤独感に効果を与えるのは、対面時の自己開示のほうが大きいと示している。これらのことから、自己開示は対面やインターネット利用に関わらず、開示する相手との関係性や親密度などの対人関係の深さによって、その量も質も変化すると考えられる。

自己開示とアイデンティティ 

 人間は自分自身について自発的に他者に自己開示することで自己というものを理解していき、自己開示が促進されるには愛と信頼の態度により相手のことを知り、知らせたいと思う相互性が必要であるとされている。

 自己開示は、自分がどのような人物であるかを他者に言語的に伝える行為と定義されている。その意義は以下である。

  1. 自己洞察を深める。
  2. 心にたまった情動を発散する。
  3. 親密な人間関係を促進させる。
  4. 不安の低減させる。

 自己開示の特徴として、最も親しい友人への自己開示量が多く、精神的にも影響が大きいとされている。 また、自己開示が多い人は、人生に前向きで自分の過去にも肯定的であり、疲労感や抑うつ感が乏しく自尊感情が高いとし、自己開示を抑制する傾向のある人は、自分の過去に否定的な感情を抱き、今後の人生に迷いがあり、疲労感や抑うつ感、不安感が強いとしている。

 アイデンティティの形成は、生涯を通して行われるものである。アイデンティティは「内的な斉一性と連続性を維持する個人の能力が、他者に対して自分が持つ意味の斉一性と連続性に調和するという自信」と定義されている。つまり、自己の一貫性と連続性を主体的に意識し、他者からも自己の一貫性と連続性を受け入れられ認知されるという相互性に基づいてもたらされる確信である。

  アイデンティティが確立していると自己開示度は高く、アイデンティティが拡散していると自己開示度は低く、モラトリアムは平均的な自己開示であることを示唆している。自己開示を積極的に行う人は対人不安に陥らないとしている。このように、自己開示が促進されるには、精神的健康が必要であり、自我が確立されていることも要因の一つであると考えられる。

 これまでの議論をもとにSNSの匿名性についての議論を行う。

SNSの利用者である行為主体として我々は、

 いつでも他者とつながれる手軽なコミュニケーションツールであるSNSの利用拡大により、友人関係は大きく変化していると考えられる。 一見、当たり障りのない人間関係を求めるためSNSに よるコミュニケーションが盛んであるようにも考えられるが、「誰かとつながっている安心感」を求めるため、他者からのアクションに対し即座に応答できるようスマートフォンを手放せないといった新たな友人関係が生まれているようにも考えられる。

 また、社会的な問題として、この数年で利用者が急激に拡大したSNSは、利便性と共にトラブルに巻き込まれる報告も後を絶たない

(ネットいじめ、プライバシーの侵害、悪意のある偽装、フィッシング詐欺、なりすまし犯罪、、、)

 そのような現実を受け、学校や会社などから情報リテラシー、ネットリテラシーについて指導や教育が施されている。 意図せず犯罪に巻き込まれたり、加害者になってしまったりすることも、ネットリテラシーの欠如が招いたトラブルとされている。

利用するのは人間。SNSがあるから問題が発生するのか?

 アメリカの銃論争で銃合法維持の側が主張する論で有名な銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ。」というフレーズと同様にSNSも語られるのか?

 SNSが存在するから争いが起こるのか?発言するのは自分、発言しなければ問題は発生しない?

 SNSの大きな特徴のひとつは、それほど難しいスキルを使わなくても「加工」ができることである。内面的にも外見的にも自分の嫌な部分を隠すことが比較的簡単にできる。徹底的に良いところだけを見せ続けることが可能であるし、あくまで横断的で刹那的な自己開示であるために、実際の人間関係では難しいような自己コントロールもある程度可能なのである。

 対面では特定の人物を相手に対話することが前提となるので、相手を信頼して本当に話したいことを話せる安心感があることも考えられる。この要素はSNSにおいても以下の項目を考慮することで近い状況を形成することが可能であると考えている。

  • 本名が分かる名前である。
  • サムネイルが顔写真付きである。
  • プロフィールに所属が記載されている。
  • 登録日数が長い。
  • フォロワー数が少なくない(フォロー数とのバランス)。

 現実の延長線上としてSNSを利用しているため、発言に対する責任も匿名性に比べて大きくなる。それを利用して現実世界へ、富をもたらしている人もいる。

信頼の形成&ウェブマーケティング&ブランドの確立

 リスクに対して正しいアプローチを行えば、SNSはとても強い武器になる。

(”発言は個人の者であり、所属組織とは関係ありませんとプロフィールに記載している人”とは、仲良くなれないかもしれない。それを決めるのは世間であり、発言者ではないと考えるから。発言に責任を持たないのであれば、現実世界から区別して、所属を記載せず、匿名でSNSを利用しキャラクターとして発言するべきである。)

匿名性、被対面の利点

 匿名性は義務や責任を伴わず、時には特定の他者との一体感が得られる。匿名であることで加害感情を持たずに日常生活で抑制しているものを容易に発散出来る面もあるのかもしれない。

 対面時では、対人関係における具体的な悩みなどの開示が多かったが、これらは開示後に相手の反応が気になるため、言葉だけではなく表情その他から相手の反応がうかがうことができ、瞬時に対応ができる対面を選択する傾向があると考えられる。しかし、SNSでは、漠然とした不安や自分でも処理出来ない混沌とした感情、または攻撃性などを表出させることで息抜きを図っていると考えられる。

 これらのことから、SNSと対面では、頻発する話題には差がないが、内容により使い分けを行っていると考えられる結果となり、SNSの持つ匿名性との関連もうかがえると考えられる。 そして、自分の表情などから相手に対する感情その他の情報を悟られることがないので後々の関係性を考慮しながらコミュニケーションが行える。また,匿名性により本来の自分を隠し、脚色して情報を公開することができるので、時には感情を発散するための一方的な自己開示も行える

 また、対人恐怖心性を持つ人にとって他者と顔を合わずにコミュニケーションがとれるSNSは、自分の考えや感情を整理しながら対応でき、他者と一定の距離感を保てるので互いに侵入的になることを避けられ、比較的リラックスして利用できるのではないかと考える。

 SNSFace to Faceをも超えられると信じています。

とはいえ、SNSの使用法は人それぞれ

  ソーシャル・メディ アが急速に発達し、多様化していく中で、われわれの情報発信力は以前とは比べものにならないくらい飛躍的に大きいものになった。社会のなかで特別な能力に恵まれているわけでもないごく普通の人が、まったく見知らぬひとに影響を与える力を持てる可能性ができたわけである。しかし、この無限に広がったかのように見える可能性が、現代の承認欲求の満たされなさを浮き彫りにしたという側面は否定できないだろう。

 現実の延長線と考えて、便利なツールとして利用するのも良し。現実とは異なった空間と認識し、自分を出していくのも良し。

 実際の人間関係においては、 他人に褒められたい気持ちがあっても、ありのままに自分を表現することで浮いてしまうのではないか、拒否されてしまうのではないかと心配したり、本当の自分を見せることで相手を失望させるのではないか、そんなことをして恥をかいてしまうのではないかという思いから逃れることはできない。何かしらの基準がなければ他人から承認されている実感を持ちにくいのだ。

 それに比べて、SNSではそれが確認しやすいうえに、無限に承認を受けることができるのではないかという期待を持たせてくれる。これは人を成長させる動機にもなるが、反面常に誰かに設定された承認の条件に向かって動き続けなければならないという意味でもある。しかし、承認の根拠が曖昧なまま「ありのまま」を受け入れてもらうよりも、与えられた明確な条件のもと、それを追いかけていればよいという安心感の方を今のひとは選んだのではないか。見方を変えれば、人から認められる存在になりたいというより、人から認め続けてもられる存在になることを求めているようにも見える。

 人が社会的な存在である限り、周りの人から認められたい、尊敬されたいという気持ちと完全に無縁になることはないだろう。その場の形成に一役をかっているSNSという存在はこれからも発展を続けていく。

 現実かSNSのどちらかで自分を表現できていれば、自分の居場所があると考えれる。自分の居場所がない、落ち着くところがないと思っていても、同じ悩みや考えを持つ人は世界のどこかにいるはず

 全てを受け入れて、SNSも愛していく。世界はもっと広がっていく。自分によって周りを変える事もできる。言説が自己を形成していく。穏やかな言葉を多くすれば、穏やかになる!?

 それは、現実もネットの中も変わらないと私は考えるから。

あ〜、夢みたいなユメ見たいな〜

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【round-9】SNSにおける匿名性 -anonym-

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次回:【round-10】オシャレと旅をする

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