好きの反対は嫌いか?無関心か?-favorably-【round-6】

 嫌よ嫌よも好きのうち?好きと嫌いは似たようなもの。この世で最も酷いのは無関心だ、、、

 好き嫌いという一見シンプルな感情はどういう構造を成しているのか。”言葉を言葉通りに”受け取ることは困難であることはこれまでにも考えてきた。【round-1

 私は花を見た時、「この花は好きだな~。」と思うことがあっても、「この花は嫌いだな~。」と思うことはありません。かと言って、その花に対して「関心がないな。」と思うこともありません。

 それでは、【round-好きの反対は嫌いか?無関心か?です。どうぞ。

 好きの反対が嫌いか、無関心かを確認するために、まずはそれぞれの言葉の意味を簡単に整理していきます。

好きとは何か?

 心がひかれること。気に入ること。

 片寄ってそのことを好むさま。物好き。また、特に、好色。色好み。

嫌いとは何か?

 きらうこと。いやだと思うこと。

好ましくない傾向。懸念。

関心とは何か?

ある物事に特に心を引かれ、注意を向けること。

無関心とは何か?

関心がないこと。興味を持たないこと。

 この言葉の意味を解釈した段階では対立する概念が好き⇔嫌い、関心⇔無関心という結果になる。

 では、よく議題に上がる”好きの反対は無関心”とはどこからやってくるのか?

 これは、物事に対して、好きか嫌いかの判断を下す前段階として、関心があるという段階を必ず経る必要があるという考えが出発点として存在しているからである。したがって、”好き⇔無関心”、”嫌い⇔無関心”に直接の関係性は存在しないものの、言葉を省力した結果として、”好き⇔無関心”という構図が完成されるのである。

 関心がある状態でのみ、好き嫌いの判断が下されることが分かったが、さらに関心があるかの議論に至る前段階として、認知という段階が必要なのではないかと考えられる。認知していなければ関心に至る以前に存在についての問いに回答するすることができないからだ。知っていなけば、そこには関心も無関心も答えることができない。

好き⇔知らない、好き⇔無関心、好き⇔嫌い

分かりやすく考えるため、問いの形式にして順番に並べる。
  1. あなたは○○について知っていますか?(認識の有無
  2. あなたは○○について関心がありますか?(思考の有無
  3. あなたは○○について好意がありますか?(正と負
  4. それはなぜですか?(理由
実際に下図のような体系化を試みた。

(この図は私が頭の中を整理するために作成しました。)

 図のおかげでなんとなく、腑に落ちたような気がする。

 と同時に例えば、「○○は好きですか?」という問いには、様々なケースがあり、その状況に応じて適切に回答を行わないと誤解が発生してしまうことが分かった。そして、好きや嫌いの判断の後には「なぜ、○○が好きなのですか?」という詳細な理由の問に繋がる。もちろん、この細分化に限度はなく、ある理由によっては好き、ある理由によっては嫌いという感情に繋がる

 その物事についての思考の深さ思考の頻度、つまり、自分がどれだけ意識しているかが関係している。好きの反対は無関心という考えにも関係してくる。

 議論はこれで終わらない。1つの物事には複雑な感情が含まれている。それをまとめたものが好意や嫌意なのではないか。もちろん、理由は分からないが好きというのもある。つまり、”好き”という言葉にも大きく分けて2つの使用法が存在する。それは以下である。

  1. ○○についての建設的な感情を抱いており、他の言葉で代替できるにも関わらず、抽象的に表現した結果として、好き・嫌いという言葉を使用する場合。
  2. ○○についての建設的な感情を抱いており、他の言葉で代替することが難しく、好き・嫌いという言葉を使用する場合。

 説明できない感情を”好き”や”嫌い”という言葉に代替する。つまり”なんとなく”だ。

 恋愛で例えると分かりやすいのかもしれない。あまり例えたくはありませんが、、笑

 理由はないけど、あの人の事がなんとなく好きだ!性格がいいとか、かっこいいだとか、一緒にいて心地がいいとか、そんな具体的には分からないけど、”好き”だ。理由を説明しろ!と言われても難しいという経験があるはずです。そして、それは好きに理由は必要ないことを意味している。

 勿論、その感情の反対には、”なんとなく嫌い”も”理由のない嫌い”も存在するため、注意が必要である。

 では、本投稿の初めの方で例えとして出した”花”についての情動を私が先ほど示した質問の流れに沿って整理してみる。
  1. 私は花について知っている
  2. 私は花について興味関心がある
  3. 私は花が好きである
  4. 私は花が、儚さと美しさを兼ね添えていると考えるため好きである。

この場合の好きは、理由がある場合の好きであることが分かりますね。

 私たちが生きる現実においては、物事の感情に対して、好きや関心などのラベルを貼り付け、表面的に二分法がされてしまう価値観は、人とコミュニケーションをとる上で避けては通れない道である。本当に生き辛い世の中ですね~笑笑

では、どう”穏やかに暮らし”ていけばいいか?

 好きや嫌い、関心や無関心のようにラベルを張り付けること自体に意味というものはないかもしれません。暗黙的に感じていることを掘り下げていく行為は人によっては、苦しい経験に繋がる可能性もある。

 もしかしたら、前に好きだったことがある出来事をきっかけにして嫌いになってしまうかもしれない。それを飛び越えて、関心が薄れてしまうかもしれない。でも、それは生きていたら普通の事だ。

 時に、嫌いと思うことからは逃げてみてもいいかもしれない。嫌いなら嫌いのままでいい。好きなことだけをやってみる。その過程の途中で、以前は嫌いだったことも見方を変えてみると意外と好きになっちゃったり、、、

 好きを見つけるための生活。それが穏やかな暮らし。いろいろな物事に対して、一度触れてみる。食わず嫌いしない。実際にやってみると”嫌い”だと思っていたことが実はそうでなかったり、今まで関心がなかっただけで、私ってこれが好きだったんだ!ってなるかも。そうすると、いろいろな物事を広い視野でみることができる。生活が、心が穏やかになる。

 こんな感情もただのシナプスの信号なのかな?笑

 それでも、私は今日を穏やかに暮らしていきたいと思う。

あ〜、夢みたいなユメ見たいな〜

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【round-6】好きの反対は嫌いか?無関心か? -favorably-

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次回:【round-7】与えられた主体性

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