違った”見方”をする? -viewpoint-【round-2】

 NEVERまとめ、Twitter、コラムやブログなどで、『今回は違った見方をしてみました!』...な〜んて、記事やコメントを目にする機会は少なくないはずだ。

 でも、いざ本文の内容を見てみると「なんだ!普通のことじゃん!」って残念に思ったことはないだろうか?私にはあります。

 ということで、今回の【round-2】は”『今回は違った見方をしてみました!』に対して違った見方をしてみました!”です。どうぞ。

 では、はじめに”見方(みかた)”とは何か。

 意味は、見る方法考える方法考え方見解が挙げられる。似たような言葉には、”認識”、”姿勢”、”視点”や”観点”などがある。カタカナだと、スタンドポイントやビューポイントと言ったところだろう。

 ここでは、”見方”を「情報の解釈」という意味として用いることにする。つまり、”見方”と表現はするが、情報を得る手段を視覚的とは限定せず、聴覚などを含む全ての手段を対象とし、情報を得るという行為の手段については言及しない。そして、「得た情報からの解釈をする行為」と「その解釈からの主張する行為」は、それぞれ別の行為として捉え、あくまでも「情報の解釈」に留まるものとする。

 考える猿と呼ばれる人は、何を見て何を考えるのか。思慮の始点となる情報を捉える行為である”見方”を考えることは重要である。実際、人には他の動物と比較し、特有な点として、言語、先見性、心の読み取り、知能、文化、道徳性などがある。上記に挙げた特有の点には全て、情報の取得に関するものが多い。

 加えて、物事を見るときの見方や感じ方は、本当に人それぞれであり、誰もが全く同じということはない。もし、「情報の解釈」が統一されれば、効率性を重視するあまり、様々なリスクに対応することも難しいだろう。これも人間の素敵な部分であると思う。

 では、違った見方の正体は何なのか。

 それは、事象に対して共有されている事実、結果には、形式的な知識実質的な知識があるという所に依拠していると考えられる。つまり、物事には違った見方ではなく、初めから2つの、または、2つ以上の””が常に存在するということである。

 形式的とは形式に関するさまのことであり、実質的とは名目上ではなく、実際の内容に関わるさまのことである。事象に対する事実や結果という解釈する点をどこに置くかによって、形式的か実質的かが異なるのではないかという点に加えて、事象の事実や結果を受け入れる、解釈を行うという行為そのものに異なる点があるという4種類が存在すると私は考える。

 結果を結果のみとして認識するか、過程までも含めて結果とするか。そして、結果をポジティブや建設的と捉えるか、ネガティブや破壊的と捉えるか。それら4つの違いは統一することは難しく、また、解決する必要もないと思う。

 見え方の違いの正体は、事象の結果や事実に対する自分の想像、イメージとのギャップであると考えられる。「こうあって、欲しい〜。」、「こうだと思う!」という差につながる。

 「今回は違った見方をしてみました!」に違和感を覚えた人は、結果に対して常に色々な解釈を持ち、主張する際の選択肢を増やしている人だと思う。そして、状況に応じて最適解を選択しているため、その違った”見方”自体には理解を示し、意思表示や共感をしていないだけである。

 自分の中でも、友人といてる時の自分と仕事をしている時の自分では性格が異なったり、立場が違ったりするため、”見方”が変わってくる。私たちは皆、多重人格であることを自覚し、暗黙的にそれらを遂行している。

 では、私たちはどう穏やかに暮らしていくか?

 「他の人の見方や感じ方は自分と同じではない。同じ事実に対しても、いろいろな見方がありうる」と気づくことが重要である。「皆、自分と同じ見方や考えをするものだ」と思うと、人間関係の不和が起きやすくなる。そして、「自分と異なる見方や考え方をする人がいる」と知ることが、他人に対する寛容さ、包容力につながる。

 人は何も持たずにこの世に生まれてきた。赤ん坊の頃は考えに偏見や立場がなく、生きていく上で歩き続けた中で性格や考えが人生の中で形成されてきたと思うと、本当に色々な人間がいると実感すると同時に、考えが偏っていく機会は誰にでも存在するのだと思う。

 出発点が同じ港で、同じ海を渡って、たどり着く先が同じでも、乗る船によって異なる。

 それが人間らしさである。つまり、私たちは同じ景色を見て、違う夢を見ている。

 同じ時代、同じ国に生まれてもみんな違った”見方”が存在する。それはたぶん、これまでも変わらないし、これからも変わらないだろう。それを受け入れることこそが”見方”であり、”味方”なのだと思い、我々は過去と現在を未来に紡いでいく必要がある。

 いろんな人がいて、その人の中にもいろんな人格がいて、お互いにそれを尊重しあえるそんな素敵で穏やかな世界。私をそんな未来へ連れってってよ、ドラえもん。

 今回の【round-2】は”見方”に関する投稿でした。自ら意見を受け入れる努力をし、それでも難しいと感じてしまったら、いろいろな、いつもとは違った”見方”をしてみる。これなら細い目の私でも視界が広くなりそうだ!

あ〜、夢みたいなユメみたいな〜。

【round-2】違った”見方”をする?-viewpoint-

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